セカンド・オピニオンの考え方
基本的に私がいつも行っているような診療スタイルを当てはめることになります。
ただ、私が行ってないことも含めて、複数の選択肢がある場合はそれらについて述べます。
まず、
通常の歯科診療で行う問診や視診触診、歯周基本検査、レントゲン検査の所見、今までの経過、治療歴などを鑑み所見を述べます。
一般的と思われる治療方針を述べます。複数考えられる場合は、それぞれについて述べます。
治療しなかった場合どうなっていくか、治療した場合その後どういう経過をたどるかについて、必要な場合は詳しく述べることにしています。
ある状況になる確率などについて、検査して出てくるもの以外では数字を具体的に言うことは困難です。たとえばあと10年は必ず持つ、など。
きちんと管理すれば今後10年以上歯を保つことも可能と考えられる...という表現をせざるを得ません。
個人差が大きいことが多いので、確定的表現はできないことが多いと思います。
ただ、誰が見ても良くない状態というものもあります。抜かないといけないといわれたが、何とか残せないか?と聞かれたときに、「抜くしかありません」と断言することはあります。
その場合には当然その理由を述べます。
「弱くなっているから」
というような表現はある意味漠然としています。何がどう弱いのか?
例えば、残っている歯の根の歯質がかなり薄くなっています。歯には毎日噛むという強い力に耐える必要があります。薄いということは破折しやすく、無理に残しても耐えられず痛くなるだけです...など。
治療方針をはっきり分類できる状態と、中間、境界線...の場合は、それぞれ説明します。
たとえばごく小さい虫歯であれば、すぐレジン(樹脂系材料)で詰めると断定的に言えることはあります。
もう少し大きくなった場合は、「強度的には金属が良いが、審美的に考慮すると何とかレジンでも可能です。」と選択を患者さんに委ねることもあります。
本来は客観的指標に立つべきですが、患者さんの身体のことは最終的には、ご本人の気持ちも考慮する必要があると考えます。
親知らずを抜歯したほうがいい...ですが、気持ちとして決心がつかなければそのまま手を付けない選択肢もあります、などといいます。
しかし、それは患者さんの気持ちを配慮しただけで、抜かなくて良いというような判断をしたのではありません。たまに誤解されるので(歯医者が抜かなくていいと言った、とか)、そのあたりは繰り返し念押しをしてカルテにも記載しておきます(基本的に何でも記載しますが)。
顎関節症や不定愁訴の治療、特定の団体や個人が行っている治療法などについては、コメントできないことはあります。その方法の効果の程度など具体的に分からないのです。
私が実際試したことがある方法については可能であれば良し悪しを述べます。
リスクがありそうな場合は、個人的意見を述べることはあります。
例えばある治療法に数十万円かかるとします。確実に治るのなら費用を出してもいいと考えているので、第三者的な意見が欲しいと言われたとします。
ある治療法の主義主張を否定することはありません。しかし、せっかく受診したから...詳しく説明されたので悪いから...などという患者さんの気持ちの動揺で決めかねているだけのときは、是非やりたいのでなければやめておきなさい、ということはあります。
前医と方針が違うこともありますが、どちらかが間違いということになるわけではありません。
理想的な噛み合わせを建設していく方針の先生が提案した方法は、それはそれで立派な治療法なのです。
私は少しくらい乱れがあっても、それなりの形で留める...ので、方針が変わります。
私は東洋医学、代替医療、統合医療方面にも首を突っ込んでいるので、例えばはっきりした金属アレルギーでないのに、金属は害があると言われて全部外すかどうか...と聞かれたとします。
電磁波に敏感な特定の方に当てはまることがあったとしても、多くの人に当てはめることは現時点でできないようなことについては、その方針に是としないことはあります。
だいたい迷われている場合、積極的にやりたくない気持ちが患者さんにあるのです。
相談される内容は、費用がらみのことがやはり多い気はします。あるいは侵襲の大きい場合。手術など。
迷うのだったら止めなさい...ということが多いと思いますが、いろいろ話しながら患者さんの気持ちを斟酌して、後押しをしてほしい...という感じの時は「したほうがいいですよ」ということもあります。
例えば歯並びが悪くて矯正治療を考えていたとすると、私も悩んだ口なので、したほうがいい...というかも知れません。
ただ、治療法にもよりますが。
とにかく様々な多岐に渡る内容に対して誠実に答えたいと思っています。
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